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東京高等裁判所 昭和23年(行ナ)5号 判決

原告 津田秀雄 外四名

被告 特許庁長官

一、主  文

原告の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、請求の趣旨

原告は「特許廳(当時特許標準局)が昭和十五年特許願第一〇〇二〇号欧文字單一電報隠語作成方法拒絶査定不服抗告審判事件について昭和二十三年四月六日與へた審判はこれを取り消す」との判決を求めた。

三、事  実

原告並びに脱退原告四名は共同して「欧文字單一電報隠語作成方法」に関する発明をなした。その発明の要旨は、

(一)  同一の代表番号を有する通信語句と隠語との置き換えにより各通信語句より隠語化(即ち通信語句より隠語えの飜訳)又はその逆たる各隠語の通信語句化(即ち隠語より通信語句えの飜訳)を完成すること

(二)  欧文字電報隠語として使用し得る文字(即ち発音符を有しないもの)数字又は記号の中で料金計算上單に一字として承認されるべき前記の文字及び前記の文字と無制限に混用することができると同時に又料金計算上單に一字として承認さるべき種類の記号の全部を利用すること

(三)  前項に記載した文字又は記号の各個に対し或は隠語としての代表番号或は関係各隠語の一体化(即ち完全又は独立数値えの組立)一団化(即ち二個の完全又は独立数値の結合)一節化(即ち二個以上の結合隠語の使用に代る又は電文区分である一節間における完全又は独立数値の結合のための連結)もしくは零(一桁又は数桁の)小数又は分数などのように一方においては一種の数値隠語であると同時に他方においては組立隠語の性質をも兼有する特殊使命を付與すること

(四)  適当な二個又はこれ以上の数値隠語を並列し各数値隠語の中間に原則として組立隠語を介入させてその一体化を図り任意な合成隠語を作成し現実隠語を有しない六数からできた代表番号又は複雜な数値の隠語的表現を完成すること

(五)  全電文(在來の電報隠語などにおけるような各五文字又は五文字集合の隠語の二語ずつを連結したもの、いいかえれば電文中の單純な一部分ではない)を原則として特定な順序における特定数の節に区分しその各節に対し特種な使命を有せしめること

(六)  電文各節の区分を隠語の状態においてもよく明白にさせること

(七)  実際に使用した各通信語句の代表番号数値の完全な総計数(即ち総和)を第一自家照校資料として電文の末尾に付記すること

(八)  実際に使用した電文各節の数(順位数ではない)を第二自家照校資料として第一自家照校資料の次に付記することができること

(九)  当該通信の内容として重要性最大な又は実際に使用した通信語句の一番ふくそうした特種節のみにおける代表番号数値の合計数を第二自家照校資料として電文の前後に付記することができること

(一〇)  單に基本隠語(数値隠語及び使命隠語の総称)表の変更のみによつて全隠語の変更を完成することができること

(一一)  発信又は受信に当り隠語欄を設けた電報草案用紙を使用することができること

(一二)  本発明は欧文字電報隠語作成方法に関するものであるが同時に手旗信号又はその外の隠語的意思表示にも関するものであること

を特徴とし、この発明により(1)電報料の著しい節約(2)完全な自己照校(3)通信内容に関する第三者の盜読絶対防止方法として使用前暗号のひんぴんたる正確にして容易なる変更の三大目的を充分に達成し得るものであつて、産業上最も重要な発明に属する。それ故原告等は、共同して特許廳(当時特許局)に対して昭和十五年七月十日右発明につき特許出願(昭和十五年特許願第一〇〇二〇号)をなしたるところ、特許廳は、昭和十六年九月二十日これが拒絶査定をなしたので原告等は、更に同年十月二十三日抗告審判請求(昭和十六年抗告審判第一七〇五号)をなしたところ、同廳(当時特許標準局)は、昭和二十三年三月三十日本願発明は欧文字数字記号等を適当に組合わせて電報用の暗号を作成する方法であつて何等工業に関係したものでないから特許法の第一條にいわゆる工業的と認めることはできない。從つて本願発明は同條に規定されている特許要件を具備しないものと認めるとの理由の下に右抗告審判請求棄却の審決をなし、該審決謄本は同年四月九日原告等に送達せられた。しかしながら特許法第一條に工業的とある工業とはこれを廣義の産業の意に解すべきであることは、我国が加盟せる万国工業所有権保護同盟條約第一條第三項同議定書第二條の條規に照して明らかであるところ、電信暗号は電信の一要具であるから通信に関するものであり、外国貿易の商談は全部電信暗号の利用による実情にあり、商取引の第一歩で商業の一部である。しかして商業は産業の一部門であることは経済学の説いているところである。原告等の本願発明は前述の通り産業上最も重要なものであつて特許能力を有していると確信するので本訴請求に及んだ次第であると陳述した。

被告指定代理人は、主文第一項同旨の判決を求め、その答弁として、原告等の明細書記載の本願発明の要旨並びに特許請求の範囲が原告主張の通りであること及び特許出願以來抗告審判の審決謄本送達迄における経過が原告主張の通りであることは認める。又特許法第三十三條には特許に関し條約又はこれに準ずべきものに別段の規定があるときにはその規定に從うと規定されてあつて、我国の加盟せる万国工業所有権保護同盟條約第一條第三項に工業所有権は最も廣い意味に解すべきものであつて在來の工業及び商業のみならず農産業及び採取産業の範囲ならびにブドウ酒、穀物、煙草葉、果実、畜類、鉱泉、麦酒、花卉、穀紛のような一切の製造品又は天産物にも及ぶものとする旨が定められていることは明らかであるが、右にいう工業所有権とは、我国の法律に從えば、特許権、実用新案権、意匠権及び商標権の四つを包含するもので特許権よりも廣い意味を有するものである。從つて工業所有権の対象となり得るものでも特許権の対象となり得ない場合がある。しかしてわが特許法において工業的とは純粹に商業的のもの(純粹に商業的のものとは工業的且つ商業的のものでない意)を包含しない。前記條約第一條第三項も單に工業所有権が商業にも及ぶ旨を規定したに止まり商業に関係を有するものはいかなるものでも、我国の特許の対象となり得るものではない。本願発明は結局原審決説示の通り特許法第一條の要件を具備せず特許能力のないものと認めるので、原告等の本訴請求は棄却さるべきであると陳述した。

四、理  由

原告並びに脱退原告等の明細書記載の本願発明の要旨並びに特許請求の範囲が原告主張の通りであること及び特許出願以來抗告審判の審決謄本送達迄における経過が原告主張の通りであることは当事者間に爭がない。

よつて原告等の本願発明が特許能力を有するや否やにつき審案するに、およそ発明につき特許を受け得るがためには、その発明が新規にして工業的なることを要することは、わが特許法がその第一條において明定しているところである。ところで、いつたい、発明が工業的であるとはどういう意味であろうか。元來発明とは技術的の観念創作であつて、自然を征服し自然力を利用して一定の効果に導き、これによつて人間の欲望を満足せしめるものをいい、工業とは業として原料の加工をなしこれを変化せしめ又は精製すること、更に詳しく言えば、物質(空気、水、岩石、土砂、金属等の無生物のみならず動植物をも包含する。)又はエネルギー(熱、電気、光等)にある手段を施すことによつて、その形体、配列、性質又は作用に変更を來たし、その物質又はエネルギーをして商取引の客体たらしめるに適合するように経済的價値を発生又は増加せしめることが反覆してなされる場合をいうのであるが、工業的発明とはかかる農業商業等と対立する意味における工業に関する発明に限定する趣旨であろうか。もしそうだとすれば、一定の科学的裝置をなすことによつて農作物たとえばそ菜の育生を著しく促進する発明、眞珠養殖法に関する発明等は、農業又は水産業に関する発明で工業に関する発明でないという点から、すべて特許法の保護を受けえられないことになり不合理な結果を招來することになる。特許制度はかかる発明をも保護する目的をもつて設けられたものであつて、前記解釈の如きはこの制度の目的を思わざるの議論である。しかしながら工業を廣く解して一般産業となし、工業のみならず商業、農業、水産業、鉱山業等一切を含めていやしくも産業に寄與する発明はすべて特許法第一條にいわゆる工業的発明に該当するとなすのはいささか廣きにすぎるのであらう。たとえば商品の陳列販賣法に関する考案はたとえそれが斬新奇拔であり心理学の原則を應用して科学的に精密に組み立てられていたとしても、それは特許の対象たりえないものであつて、ひとしく産業に利用しうべき観念創作というも、特許に値すべき発明の本質からいつてそこにおのずから限界があり制約があることを知るべきである。特許に値すべき発明の本体は自然法則の利用によつて一定の文化目的を達するに適する技術的考案ということにある。從つてそれが寄與し、貢献し、利用せられる産業の種別については格別制限はないが、その利用の態様はあくまで技術産業的であるべきであり、あらゆる産業に寄與しうべき工夫考案のうちこのような性質をおびた発明のみが特許法の保護を受けるのである。わが特許法は発明のこの特質を表現する語句として工業的という文字を使つたのであつて、その由來するところは、産業部門としての工業は技術産業の中樞をなすからでありこれがため必ずしも工業的発明を工業に関する発明の意に限定したり、又は廣く産業に関する発明の意に解釈する要は少しもないのである。工業的発明の意味をこのようにあらゆる産業に利用されうるが技術産業的性質をもつた発明に限る趣旨と解してこそはじめて前記そ菜の速成栽培又は眞珠養殖に関する発明等も農業又は水産業上利用せらるるにかかわらず特許の対象となることができ、又、商品の貯藏運搬等に関する発明も主としてその利用せられるところが商業上であるとしてもやはり同様特許の対象たりうるのである。なるほど、我国の加盟せる万国工業所有権保護同盟條約には、その第一條第三項に「工業所有権ハ最モ廣キ意味ニ之ヲ解スベク本來ノ工業及商業ノミナラズ」農産業採取産業等の範囲にも及ぶ旨の規定のあることは事実であるが、この規定を援用していやしくも産業上利用しうる発明はその工業的―技術産業的―性質をおびていると否とを問わず特許の対象となりうるのであると論ずるのは誤であつて、これは右條約第一條第一項に「工業所有権ノ保護ハ発明特許、実用新案、工業的意匠又ハひな形、製造標又ハ商標、商号及ビ原産地ノ表示又ハ出所称呼並ビニ不正競爭ノ防止ヲ目的トス」といつているように、工業所有権の制度は廣く産業的利益を他人の不正競爭的侵害から防衞することを目的とした制度で、この観点から前記第一條第三項の規定が生れ出たこと、ならびに、右條約にいわゆる工業所有権には商号権まで含んでいるのに対し我国において認められる工業所有権は、特許権の外実用新案権、意匠権、商標権の四種であつてその保護の要件はそれぞれ各別に特許法、実用新案法、意匠法及び商標法に定められていることを看過したことに基く議論であつてとるにたらないところであり、又、特許法第三十三條には「特許ニ関シ條約又ハ之ニ準スヘキモノニ別段ノ規定アルトキハ其ノ規定ニ從フ」と規定せられているが、前記條約第一條第三項の規定は單に商号権までも含めた意味における工業所有権の及ぶ範囲を明らかにした規定であつて、わが特許法が特許の要件について規定した同法第一條に対する別段の規定だとは到底解することができないから、右第一條所定の特許の要件は右條約第一條第三項並びに特許法第三十三條により何等左右されることのないものというべく、前記工業的発明に関する解釈はこれらによりごう末もこれを変更するの要あるをみない。

わが特許法第一條にいわゆる工業的発明の意味は叙上説示のとおりであるが、原告の本願発明は果して工業的発明ということができるのであろうか。原告の本願発明はその主張の要旨において明らかなように欧文字、数字、記号等を適当に組み合せて電報用の暗号を作成する方法であつて、たとえその産業上殊に商取引において貢献するところが大であり、又、その作成方法が科学的に精ちを極めているとしても、その間何等裝置を用いず、又、自然力を利用した手段を施していないのであるから、これを暗号による通信方法であると解しても、暗号による思想表現の方法であるというの外なく、場合により他の権利たとえば著作権により保護されることのあるのは格別、到底特許に値する工業的発明であるということはできないのである。

果してしからば、原告の本願発明は特許法第一條所定の特許の要件を具えていないものと認めるの外なく、特許を與えるの限りでないので、同一理由の下に特許廳(当時特許局)の拒絶査定を是認し原告の抗告審判請求を棄却した特許廳(当時特許標準局)の本件審決は相当であつて、これが取消を求める原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却すべく、よつて民事訴訟法第九十五條第八十九條を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 大江保直 梅原松次郎 奧野利一)

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